平成元年4月に開館致しました当館も、早いもので本年度十年目を迎えます。そして当初より全てオリジナルで開催して参りました特別企画展も、すでに38回を数えるに至りました。美術館活動のひとつの節目であるこの時期に、当館では敢えて大々的な記念事業や大がかりな企画を行なわず、これまでの歩みを改めて振り返るべく、本来的な見地に立ち返えるベーシックな活動を行いたいと考えました。それがこの藤島武二展です。
かつて東洋陶磁、御舟・日本画と並び、旧・安宅(アタカ)コレクションの3本柱であった当館の藤島武二コレクション。この全
100点はサイズ的には小振りなものながら、特に巨匠・藤島芸術の原点を探る貴重な作品群として、既に専門家筋には高い評価を受けております。
実は当館では去る9年前、開館記念展としてこの全作品を二度に分け紹介し、またそれ以降も代表的な一部を常設展示室内で随時、継続展示してまいりました。
しかし開館時の慌ただしさと、当時無名の一地方美術館であり、また今日までの美術館活動の方針も、いわゆる世に迎合する豪華主義を敢えて否定してまいりました為、この藤島作品群の存在自体が、未だ広く世に知られるまでには至っていないというのが現状ではないでしょうか。開館10年、改めて当館の原点つまり足元を確認してみたいと考えました。
藤島武二(1867〜1943)と言えば、表現者また教育者として多大なる業績を遺し、日本近代美術史における巨匠の一人に数えられているのは、既にご承知の通りです。それは「明治に始まる日本近代史の一世紀そのもの」と語られるまでの高い評価にある事。
そして明治29年、東京美術学校(現在の東京芸大)に初めて西洋画科が新設され、かの黒田清輝(1866〜1924)の誘いで助教授として迎えられてから、自身が没するまでの46年間、同校を離れることなく後進の指導に当たり、多数の近現代の画家たちを育てた事からも確認できるでしょう。
よって当館では、黒田と並び、いやそれ以上の存在として「真の日本近代洋画の父」と、藤島を位置付けています。
当館作品群は、水彩・デッサン52点、模写18点、版画挿絵30点と大きく3つで構成されています。これらは彼の画業全般に渡るもので、数々の代表作を生んだその源流と言えるでしょう。
年代を追ってみると……日本画の世界から画業をスタートさせた彼が、洋画へと転じた1890年代前半の「桜狩」関係の作品。その後、明治浪漫主義を高らかに掲げ、同時に自己の独自性が初めて確立されたとされる「蝶」、そして与謝野鉄幹・晶子が発行した雑誌『明星』に提供した「版画挿絵」など1900年代前半の作品。
続いて1900年代後半、技術的にも人間的にも個が確立した40歳近くになってからの「滞欧期」の作品。そしてこの前後に描かれたと思われる修学の為の「模写」。更に帰国から晩年まで「日本近代洋画のひとつの典型」と称されるまでに確立された「風景画」、などとなっています。
特に風景は、元来「自分の欠点と認むる風景画」としてきたものですが、滞欧以降の彼は敢えてこの欠点を積極的に研究し自らのものにしたといいます。
またこの探求心は晩年まで衰えず持ち続け、画題を海外にまで求め足を運びました。この姿勢からも彼の人生に一貫する「明治の画家の気骨」というものが窺えます。
藤島が没して今年で55年。風景、女性像、近代版画の草分けと多彩な活動の中で貫かれた独自の表現。彼の作品は、現在でも変わらぬ人気を博しています。
今展は上記した当館の活動姿勢をもって、改めて所蔵全作品をご紹介し、開館十周年の記念と致します。
大川美術館
1998/06
* 尚、当館藤島作品の全図版は、企画展カタログNo.1,2にて紹介しておりますのでご参照下さい。
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