5月1日、埼玉県吹上町で須田代五郎の三男として生まれる。本
名は勝三郎
埼玉県立熊谷中学校(旧制)卒業。その後、浦和市に在住し、独
学で絵を学ぶ。寺内萬治郎がその才能に注目し、光風会展、官展
への出品を勧める。
昭和十一年文展で「休憩時間」が初入選。
第二回新文展で「少女座像」が入選。
第三回新文展で「読書する男」が特選。
紀元二千六百年奉祝展に「苦力」を出品。
第四回新文展で「若き男」が入選。
第五回新文展で「神将」が特選。
奈良・新薬師寺に寄寓中に知り合った岡田静と結婚。
第二回日展で「東大寺正面」が入選。
第三回日展で「ピンクのターバン」が特選。この頃西宮へ転居。
光風会を退会し国画会会員になる。この頃、抽象絵画の旗手・長
谷川三郎と出合い彼の理論に共鳴し、以後、主に抽象画を制作。
個展(日本橋・三越)を開催し「虚無(太陽の子)」他を出品。
第一回現代日本美術展に出品。
第三回日本国際美術展に出品。
第四回サンパウロ・ビエンナーレ展(ブラジル)に出品。
第十一回プレミオ・リソーネ国際美術展(イタリア)、ヒュース
トン美術展(アメリカ)に出品。
カーネギー国際現代絵画彫刻展(アメリカ)に出品。
西宮市民文化賞を受賞。
西宮市民会館アミティホールの緞帳を制作。
犬養道子著『日本人の記録
犬養木堂』の連載始まり挿絵を担当。
週刊朝日の司馬遼太郎著『街道をゆく』の連載始まり挿絵を担当
。兵庫県文化賞を受賞。
●この頃から、大島は『街道をゆく』の挿絵を見て須田作品に
興味を持つ。
吹上町文化功労賞を受賞。
大阪芸術賞を受賞。
●この頃、大島は近所に店を開いた鍼灸師を介して司馬遼太郎
を知る。
『街道をゆく』の挿絵で講談社出版文化賞さし絵賞を授賞。
●7月、大島は営業しているお好焼き屋「伊古奈」(東大阪市
)の店舗増築に伴い、ギャラリーを併設する。そして司馬を
介し紹介してもらった須田より「ジャンク」など26点の作品
寄贈を受け展示を始める。また同年10月からは『街道をゆく
』の原画の展示する。
第十七回フジ・サンケイグループ広告大賞を受賞。
●4月1日、大島は「喫茶・美術館」(東大阪市)を開き、須
田より更に作品寄贈を受ける。
埼玉県立近代美術館に作品を寄贈。
大阪府および飯田市美術博物館に作品寄贈。同館(飯田)で「知
られざる須田剋太の世界−抽象画と書・陶−」開催。7月14日、
神戸市内の病院で死去、享年84歳。
●7月28日、大島は小海町高原美術館(長野県南佐久郡小海町
)に所蔵の須田作品を寄託し、公開を始める。