財団法人 大川美術館     OKAWA MUSEUM of ART, KIRYU

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よみがえる軌跡arao.gif (81359 バイト)

  東京美術学校(現・東京芸大)首席卒業というエリートユでありながら、戦後いち早く抽象表現の渦中に身を投じ、苦闘した異色の日本画家・荒尾昌朔(アラオ・ショウサク1906〜64)の発掘展である。

 彼の58年の生涯は、押し寄せる新しい美術世界の潮流の中で、絶え間ない探求の連続であったとも言える。それは、初期のいかにも正当的な日本画表現、やがてフオーヴィスム的影響、そして徐々にキューピズム的段階を経て、純粋抽象へと変化していくものであった。しかし遺された作品名からも分かるように、常にその根底にはポエティカルな感性が流れ続けていたのである。

 しかし日本画家としては若手である上に、前記した特異な画業の変遷、更に不慮の事故による突然の画業の挫折。よって彼は生前、その名、そしてその秀作群を、世に知らしめるまでには至らなかったのである。

 遺族の許で永らく保管されてきた作品群は、1995年1月の阪神大震災を機に当館へ一括寄贈される事となり、没後35年を経て、ようやく初の本格的な回顧展がここに実現する運びとなったのである。

 出品作品は、荒尾の画業の全貌を紹介する為に、初期から絶筆まで彼が主に発表の場としていた団体展に出品された大作を中心に構成している。正によみがえった荒尾昌朔の世界。常に挑戦的であった、知られざる一人の画家の軌跡をご堪絶頂ければ幸いである。

 

財団法人 大川美術館

〒376-0043 群馬県桐生市小曽根町3-69(水道山中腹) 
Tel:0277-46-3300 Fax:0277-46-3350
okawa-m@theia.ocn.ne.jp

開館時間:10:00〜17:30(入館は17:00まで) 
休館日:毎月曜日(月曜祝日の場合は火曜日)、年末年始
入館料:一般1000円、高大生600円、小中生300円
駐車場:水道山公園駐車場(無料)