過日、友の会旅行で戦没画学生慰霊美術館「無言館」を訪れたが、特攻隊生残りの私には筆舌を超えた重みであり何も語れない。一時は、当然私も考えたがある理由で具体化出来なかった展覧だけに、怖いものをみる思いで入館したのである。だが、私の思い如何に拘らずあれだけのものを生んだ窪島誠一郎、野見山暁治、両氏の限りなきロマンには脱帽である。
戦争ほど無残なものは他に識らない。だがいまでも、地球のどこかで戦争をしている始末で、どうも地球を占有して仕舞った人間の「業」なのだろう。この「業」は更にかたちを変えた経済戦争と謂う競争が重複し環境面からの地球破壊にまで蔓延しているのである。こう考えた昨年秋だった。
当館の主軸画家・松本竣介の画業舞台だった1931〜46年の15年間は、正に戦争と云う一人の人間ではどうにもならぬ巨大な濁流に翻弄された時代だった。そして画家達はその好むと好まざるとに拘らず、ある者は一兵卒として、また従軍画家として戦場に趣き、そしてまた教育者として、更に銃後の守りとして内地で過ごした者、彼はペンを銃に替えさせた学徒出陣の若者達をどの様な気持で絵に描き続けたのか…「絵は人格」と断言せる私だけに冷厳なる興味も限りなく湧き出るのである。
勿論絶対統制下の戦時である。絵具の配給を止められても戦争画を描かなかった者、描き続けたい為に敢えて戦争画を描いた者等々、画家の顔はいろいろあるが、絶対偽ることの出来ぬ描かれたカンバスそのものが遺っているし、戦争画だろうと非戦争画だろうと画家が真摯に肉体化した本物の絵だから、画家の生きた思いと共に永遠にそれなりの光彩を放つ筈である。
今回の展観は、余り理屈にこだわらず、先ずは手の届く狭い範囲内での作品を並べながらも時代性と画家の姿勢を浮き彫りにし、美術を通じ「戦争の時代」の一断面を来館者と共に模索しようとしたものである。
末筆ながら本展開催にあたり貴重なる作品を快くご提供賜った、原爆の図・丸木美術館、高崎市美術館、ヒロ画廊、各位に対し深く感謝申し上げる次第であります。
(当館理事長兼館長)