私の往時、確か一番絵画蒐集に凝縮した時期は、
1963年前後の三井物産の課長時代だったと思う。未だ絵が非常に安かったとはいえ一介のサラリーマンには大変だったので、勢い時流に媚びぬ超割安の、まだ市場性寡かった異色作家群に集中したもので、松本竣介、野田英夫、清水登之関連の具象画家が主体だった。
だが、そんな中に瑛九前描きの印象画風の油彩画2点があり、画趣こそ竣介、野田とは全く違うが、異色画家の筆者勝手な解訳として「時流に全く媚びずあく迄強い個性で自由な詩魂を注入する画家」の枠内として蒐集したのである。其後私の蒐集姿勢として「絵は人格」とする哲理の如き土壌形成の走りだったのである。
こんな時、竣介絵画購入で昵懇になった京橋の南天子画廊が発刊した1969年頒布の瑛九原作銅版画集全5巻、池田満寿夫監修摺り50枚を見せられ、「瑛九は仏の如くイマジネーションの第3の眼を持つ唯一の画家だ」と靉嘔が断じたように、無限に変化するシュール的展開に眼を瞠らされ、当時私は何も考えずに手に入れた覚えがある。
1960年に瑛九早逝し、早や40年を超えたが、没後何と150回以上に及ばんとする展覧会出品歴の頻度は庶民性無きを超え、正に他に類をみぬ程知る人ぞ識る異色画家である。それだけに瑛九については諸先生達に於いて既に論述され尽され、今更美学に弱い筆者が語るべきものはない。
併せるにこの池田満寿夫監修の銅版画集が何故か、美術館ではおろか、画廊主催展にすら全く登場して居らぬことを識り、後刷りとはいえ、1951〜58年迄の二百数十点制作の中から代表作50点を久保貞次郎、オノサト・トシノブ、杉田
都が特選せるだけに、瑛九の持っている独自な無限のフォルム変化が充分伺い知ることの出来る価値ありと判断しここに取り上げ、加うるに館蔵の他作品及び磯辺、オノサト、靉嘔、泉、難波田、利根山等々仲間達の作品を参考出品として加え興を添えたものである。
本展開催に当たり何かとご協力賜りたる関係者皆様に深く感謝する次第です。
有難うございました。
(大川美術館理事長兼館長)