財団法人 大川美術館     OKAWA MUSEUM of ART, KIRYU

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描かざる幻の画家
島崎蓊助 遺作展によせて
大川 栄二 

 島崎蓊助は文豪藤村の三男に生まれながら、貧困のため、母の死後3歳で父から独り離れ、木曽福島の伯母宅に預けられた。13歳でようやく藤村に引き取られ、翌年14歳で、父のすすめで性格の全く違う次男鶏二と共に川端画学校に通い、早過ぎる画家の道をたどった。

若くして天才と嘱望されてパリに留学し、繊細なモダンと明るいエスプリで一躍流行画家になった鶏二とは異なり、独り父から離された10年間にわたる子供心の屈折と、父のそばでエリートコースをたどる兄の芸術を疎習とする反抗か、当時の村山知義創立の「マヴォ」の流れで急拡大する前衛芸術革命のプロレタリア運動に入り、共産党弾圧により、盛岡署に拘留されるまでになったが、父藤村に海外留学を促され、20歳で渡独した。しかし、ドイツでも千田是也等と共にバウハウス周辺の芸術運動に4年間没入し、帰国後も継続した。父に言われた画家を本業として、その間絵は描き続けたが何故か全くどこにも発表しなかった。

そして藤村没後約20年間、父に逆らった前半生の彷徨を黒い影としたのか、その克服に挑むように膨大な藤村全集編集に奔命し、その蓊助の生き業は、正に知る人ぞ識る「描かざる幻の画家」として終始したのである。

だが、約20年を費やした藤村全集の見通しをつけた昭和45年頃、何故か初めて絵に全力投球する気になり、約9ヶ月ドイツ・ハンブルクに滞在して描きなぐったヨーロッパ風景で、翌年、日本橋・柳屋画廊で生涯ただ一回の個展を開いたのである。

従って蓊助は、世間に見てもらうという気持ちは全くなく、亡父藤村と、エリートコースを歩み続けながら若くして従軍記者で殉死した兄鶏二に応えるためだったのか、世評にはほとんど挙がらず、幻の展鑑として埋没したのである。だが今回の調査の結果、『芸術新潮』1971年6月号でこの展鑑に注目した掲載があり、流石に『芸新』と思える。

その後も蓊助は、独り静かに絵を描き続けたようだが、見える行動のほとんどは藤村の投影と老いを求めてか、詩誌『歴程』の陰のパトロンに終始し、気品ある市井の一紳士として平成4年83歳で逝去した。

没後10年、一子・爽助氏のご協力で、この特異極まる「描かざる画家」の遺作展を滞独中の油彩を主軸に、未発表の初期作品、デッサン類、さらに兄鶏二の作品と父藤村の資料の一端を含め、約100点の展鑑としたのである。

赫茶の厳しいモノトーンの裡に、内外共誰も描けないような異次元の沈黙というか、閉魂と優しさが共存する静謐透明な不思議な画趣は、反抗し続けた父藤村より残された言葉「画家であることの本命」を絶えず心に秘し、30年余りの彷徨から生まれた作品は、全てが彼の自画像であり、前半生で圧倒されたと思える兄を悠に超えている。従って、希有の思想的人間画家として日本美術史の一隅に追認すべき人物と思うと共に、激しさこそ違うが、松本竣介1942年前後の、茶の風景群の静謐な透明感を想起する趣を覚えるのは、私の贔屓目なのだろうか………。

とにかく、藤村の名作「嵐」の中に蓊助の少年時代が生き生きと捉えられているが、その後のすさまじい蓊助の半生について藤村は沈黙を通し、また蓊助も父のことはあまり語りたがらなかったのである。
いずれにせよ、この深い陰を被った蓊助だが、今回は預かった200冊に及ぶノートなど、無数の資料があり、埋もれている絵を世に問うだけではなく、果たして幣館学芸員がどのように若い切口で分析するのかを期待し、文豪島崎藤村が父であることを十字架とした、愛憎織りなす人間ドラマの、その一面を掘下げる野心展ともなることを祈念している。

尚、蛇足ながら、本展企画決定後の約6ヶ月間、蓊助絵画に囲まれて生活して感じる不思議な力――セピアに彩られた強烈な筆致に、縄文土器から感ずる、ある源流の美意識が心を揺さ振り、真に僭越ながら、縄文文化至上観を唱える詩人宗左近氏が、30年前に当時の蓊助絵画にまず着目されたことが理解できる思いである。また、私事で恐縮ながら、蓊助愛妻の君代夫人が、当桐生市の名物、忠治漬老舗の息女であり、小生知る人だということが判り、今更ながら絵が結ぶ不思議な縁を覚えるのである。

末筆ながら、本展具体化にご協力賜りたる、蓊助一子・爽助氏、ご紹介頂いたヒロ画廊・藤井公博氏を始め、ご協力頂いた関係者及び、望外のご助成を賜りたる花王芸術・科学財団に深く感謝申し上げます。


(当館理事長 兼 館長)

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