(第12話・梅田町5丁目)
ざぐり穴のカッパ
副題・・・娘に姿変え糸を巻く。小石の袋に姿消す
桐生川ダム・梅田湖の美景を賞でながら、森林浴を楽しみがてら、清流・桐生川に沿って県道上藤生=大州線をさらにどこまでもさかのぼりますと、やがて梅田町5丁目の蛇留淵(じゃるぶち)に達します。
蛇留淵と言う変わった名が示すとおり、そこは、かつて里人を大変に困らせたという、大蛇の伝説が今に息づいている淵なのです。
また、そこは桐生川流域にたくさんある淵の中でも、代表的な名淵に挙げられている淵でもあります。
<写真説明>カッパの像・・・上流の河童神社のご神体の河童の像です
この蛇留淵の近くに、里の人々から「ざぐり穴」と呼ばれている小さな洞穴(ほらあな)があります。その入り口近くには、上部が平になっている小岩も見られます。
ざぐり穴、そして入り口近くに見られる小岩・・・・そこには、こんな伝えが残されているのです。
むかぁしのことでした。ざぐり穴には里の人々から「ざぐり穴のカッパ」と呼ばれている、とっても気のやさしいカッパが住んでいました。
その、ざぐり穴のカッパは、お天気のよい日には、きまって可愛らしい娘に姿を変え、入り口近くの岩の上に出ては座繰り機(ざぐりき・糸巻きの道具)を回して糸巻きに興じていました。
そのざぐり穴のカッパは、煎った大豆がことのほか大好きでした。ですから、糸巻きに疲れると、岩を離れては近くの農家に出向いて家人に好物をねだりました。
そして貰った煎り豆をおいしそうに口にほおばって、ひと息入れると、また座繰り機に向い日暮れ近くまで楽しそうに糸巻きを続けました。
里の人々は、娘がカッパの変身であることは十分承知していました。それでも、里の人々はざぐり穴のカッパには、いつも温かい愛情を注ぎ続けていたのです。
それは、ざぐり穴のカッパが、伝えられるあちこちのカッパのような怖い悪さをするわけではありませんでしたし、いたずら一つするわけではなかったからでした。
それどころか、変身したざぐり穴のカッパの娘姿が、あまりにも可愛く、あまりにも美しいものでしたので、怖がるどころか、かえって、その娘姿、糸巻き姿に見とれていたほどだったのです。
ある日のことでした。糸巻きに疲れたカッパが、いつものようにチョコチョコと農家の庭先にやってきました。
そして、居合わせたおかみさんに、「おばちゃん、お豆ちょうだい。」といつものように好物のおねだりを始めました。
「いいとも、いいとも、すぐ煎ってあげるよ。だからチットンベ(すこし)待っ
ていなね。」
<写真説明>
今でも神秘的な流れの蛇留淵
仕事の手を休め前掛けのほこりをはたくと、おかみさんは、そう言って家の中に入って行きました。が、家へ入るとすぐに、今日は大豆をきらしていたことを思い出しました。
畑へ行って取ってくるにしても畑が遠すぎるし、借りに行くにも、山里では隣家が離れすぎています。
おかみさんが、煎り豆を持って出て来るのを楽しみに、石けりをしながら庭先で待っているカッパの娘姿を垣間見ると、心根のやさしいおかみさんは、
「今日は大豆がないんだよ」なんて言うと、あの娘は、がっかりするだろうな、と思って悩みました。
そんな困りきったおかみさんの目にフッと、台所の隅に積んであった大豆大の小石の山が飛び込んできました。おかみさんは、とっさにその小石を袋に入れました。
そして、「待たせたねぇ、はいよ。これを持っておいきな。」と言って、袋を外で待っていたカッパに渡しました。
それはおかみさんが、「カッパをがっかりさせないために。」と思って、親切心から渡した小石の袋でした。
でも小石の入った袋とはツユ知らずに、大喜びで袋をかざしながら戻って行くカッパの後ろ姿を見ていると、おかみさんの心は「とんでもない親切心を出してしまったのでは・・・」と言う不安感に襲われてしまいました。
あくる日も、昨日と同様にとっても良いお天気でした。でも、岩の上には座繰り機を回す娘の姿は見られませんでした。お天気の良い日には、こんなことは、これまでに一度としてなかったことでした。
それだけに、「あの小石を食べて、体でもこわしちゃったのかな。」とおかみさんの不安は、昨日に増して高まってしまいました。
さて、その次ぎの日も、その次ぎの日も、いえ、五日たっても十日たっても、やはり岩の上にカッパの娘姿を見ることができませんでした。小石を渡したあの日以来、岩の上で座繰り機を回す娘の姿がバッタリ見られなくなってしまった。
日が経つにつれて、おかみさんは、今度はいやーな胸騒ぎがし始めました。おかみさんは、とうとういたたまれなくなってしまい、一人でソーッと、座繰り穴を訪れてみました。
おかみさんの予感どおり、やはり、穴の中はもぬけの殻。カッパの姿は見当たりませんでした。
岩の上に座繰り機を回すかわいい娘の姿が見られなくなって、なんだか村のあかりが、いっとき全部消えてしまったような、どこか寂しいような、そんな感じさえ漂い始めました。
そこで里人も手分けをしておかみさん共々、八方手を尽くしてカッパの行方を探し求めましたが、全くその手がかりさえも掴むことはできませんでした。
愛らしく美しかった「ざぐり穴のカッパ」の娘姿・・・。今は、ただただ残されたざぐり穴と、座繰り機を回していたと伝える小岩の姿に、カッパの娘姿を忍んでみるしかありません。

○参考
<ざぐり穴(ざぐりあな)
本文にあるように、ざぐり穴は蛇留淵の近くで、蛇留淵の下流に存在すると言うが、どれが「ざぐり穴」かと特定する段になると、地元の古老の返事も少々心も
となく、伝説の穴の確認はできていない。特定は、今後の課題である。
◆交通◆
KHCバス停「蛇留淵」下車、その眼前が蛇留淵で、上流に水しぶきの上がる場所
が蛇留淵である。
伝説の地は蛇留淵のやや下流と言う。

清水義男氏著「河童とアメ玉」より転載 文章複写・写真撮影 小川広夫